出島灯台(でけじまとうだい)は、滋賀県大津市今堅田一丁目に立つ黒塗り木造の私設灯台。琵琶湖唯一の灯台で、大津市有形民俗文化財に指定されている。
概要
出島灯台が立つ付近は、琵琶湖がもっとも狭まったところで岩礁も多く、1875年(明治8年)に客船「満芽丸」の転覆で乗客47人が亡くなる水難事故が発生した。これを受けて、同年に近くの船会社により出島灯台が建てられた。以来、1918年(大正7年)に光源が灯油から白熱灯に変わるまで、出島の9戸の家が当番を決めて灯台の灯を灯し続けていた。白熱灯に変わった後は自動点灯になっていたが、出島灯台は1951年(昭和26年)にその役目を終え、今はモニュメントとして修復保存されている。
沿革
- 1869年(明治2年)3月 - 大聖寺藩(大津汽船局)による日本初の湖上蒸気船「一番丸」が就航。
- 1871年(明治4年) - 大津県が大津百艘船を廃止し、和船運航者の特権が消滅。
- 1872年(明治5年)10月 - 県令の松田道之が、県勢振興のため琵琶湖での水運事業を自由とする旨を告諭。湖上水運の競争が激化。
- 1875年(明治8年)2月 - 満芽丸が小松沖で転覆し、乗客47名が犠牲となる水難事故が発生。
- 1875年(明治8年)- 出島灯台の初点灯。光源に灯油ランプを使用。
- 1918年(大正7年)- 光源を電灯に変更。
- 1951年(昭和26年)- 灯台としての役目を終える。
- 1961年(昭和36年)9月 - 第2室戸台風により倒壊寸前となる。
- 1973年(昭和48年)- 地元の熱心な保存運動により現在の姿に復元。
- 1989年(平成元年)- 点灯が途絶えていたが、地元有志により点灯再開。
- 1991年(平成3年)2月1日 - 大津市有形民俗文化財に指定される。
周辺
- 満月寺 - 浮御堂
- 琵琶湖大橋
脚注
関連項目
- 太湖汽船
- 大津港
外部リンク
- 景観協定(出島灯台のまち景観協定) - ウェイバックマシン(2015年7月25日アーカイブ分)
- “出島の灯台”. 公益社団法人びわこビジターズビューロー (2015年7月7日). 2015年7月25日閲覧。
- “出島の灯台”. 公益社団法人びわ湖大津観光協会. 2015年7月25日閲覧。
- 似内 惠子. “みなと文化研究事業/港別みなと文化アーカイブス”. 一般財団法人 みなと総合研究財団. 2015年7月25日閲覧。 滋賀県・塩津の項




